茄子とチーズのボロネーゼ

ことばをたいせつに。うまくいく。

自分の頭で考える、ということ

突然だが、
僕はあらゆる行動に対し、
『なんで?』って詰められることが苦手だ。

すっと筋道立てて説明できることは滅多にない。
とっさに出る答えは、『なんとなく』だ。

行動に対し、なんで?の答えを求められてこなかった。
そうなってるから。
よそはよそ、うちはうちだから。
そういうルールだから。
そうやってれば怒られないから。

みたいな論理とは言えない論理にアジャストして生きてきた。

学生時代はそのスタンスで優等生としてやってこれた。
すべてが模範生のようではなかったけれども、本筋を逸れていなければ、やることをやっていればなんとかなった。

なぜそれをやるのか?
そんなことは考えずに生きてきた。
やれって言われたことをそれなりのパフォーマンスでやっていれば、
学校というコミュニティの高位に属することができていた。

自分の意見なんてなかった。
それらしいことを人の受け売りで言っていれば賢そうに見えた。
意味もよく分からない言葉で武装していた。
自分の考えや意見を深掘りされない間はそれでうまくやっていた。

そんな僕が社会人3年目の今、
とてつもない壁にぶち当たっている。

考える力がない。
言動にロジックがない。
問題の解決方法が分からない。
そもそも何が問題なのかが分からない。
『どうしたい』がない。

ここってこうだから、問題だよね。って言われれば、理解はできる。
でもそれは受け身の結果であって、
自らが何をどうするのか、
そういう自発的な思考はない。

そして、
そういう思考ができない人材に未来がないことは、強烈な危機感を伴って実感している。

頭の使い方が分かっていないだけらしいのだけれど、
それはどこで学べるのだろう。

そもそもどこで学べるか?という思考になる時点で、
自分の頭で考えることを放棄しているんだ。

【読書録】夢をかなえるゾウ2

前作がかなり気に入っていたので迷わず購入したが、

期待したほどではなかった印象です。

 

ただ、一節すごくいいなと思う箇所があったので、

そこだけ備忘的に書いておこうと思います。

 

『不安になったとき、僕はすぐにそこから逃げ出そうと考えてしまう。

でも、逃げようとすればするほど不安は大きくなっていく。

そうではなく、思い切って不安の中に飛び込んで自分のできる限りのことをしていると、

不安はまるで幻だったかのように消える瞬間がある。

不安に実態はない。自分の不安に対する姿勢が、

そのまま不安の大きさを決める。

だから、僕みたいに不安を感じやすい人間は、不安を感じた時こそ、前に出なけれなならないんだ。』

 

その通りですよね。

めんどくさそうなことに遭遇すると後回しにしたりしがちだけれど、

何らかの方法で進めることでしかその状況は改善されない。

 

常にこういう意識を持っていたいものです。

藤田晋×田原総一朗 対談を読んで

起きたらやらなきゃいけないことが多いなーーそんなことを考えながら、

二度寝を繰り返し起きたら昼。

今やろうが先送りしようがどうせやることには変わらないのだから、

やるべきことはこなさなきゃだめだ。

 

プレジデントにこんな記事が載っていた。

ITバブル生き残りの挑戦【1】 -対談:サイバーエージェント社長 藤田晋×田原総一朗

http://president.jp/articles/-/11833

 

広告代理店業→ブログ事業→アメーバ事業→スマホ事業、、と事業の核を変えながら成長しているサイバーエージェント

見出しでは『生き残り』と書いているけれど、

成長し続けているCAに対しては些か失礼な表現かと思った。

 

 

彼らの成長を支えているのは『21世紀を代表する会社になる』というビジョンだと思う。

この根幹がしっかりしているから代理店事業やブログ事業での成功に固執せずに、

上へ上へと向かっていける。

 

最近新たな事業の構築に首を突っ込んでいると、

この事業の定義というか会社のビジョンみたいなものの視点が低い企業は成長の限界が早期に訪れる気がしている。IT業界は特に。

 

『アメリカの鉄道会社はなぜ衰退したのか』という有名な話がある。

これは事業の定義を低く設定したことが衰退につながった一例。

もし、鉄道会社が鉄道事業としてではなく、

人と物の輸送事業として事業を定義していたら、もしかしたら繁栄を続けていたのかもしれない。

 

自分たちの事業がそうなることのないよう、

目線高く事業を定義しなければね、、

 

※何かの記事を読んだら、

それに対しての考えを10分くらいでまとめるくせをつけよう。

社外取締役の詰問に対抗するために!!笑

☆読書録☆ 【やってのける】

しばらく前から書店に平積みされていて気になっていた本。

何について書かれているかはわからなかったけれど、

長い期間目立つ場所に置かれている=いい本なんだろう、と思って購入。

 

概要としては、コロンビア大学で教鞭をとる筆者が、

目標達成のための考え方や達成への障壁に対する対応策を語っている本。

ある事実や理論に対して、

裏付けとして実際の実験の結果を書いているからすごく読みやすい。

 

自分の目標達成だけでなく、

部下や子どもの目標達成を後押しする場合のフォローの仕方なんかも書いてある。

自らで実践したあとは、他人を支えるのに活用したい。

 

・『なぜ』を考えるとやる気が出る→理由にフォーカス

・『何』を考えると難しい行動ができる→具体的な行動にフォーカス

・人間は遠い将来を考えるとき、理想主義者。

近い将来を考えるとき、現実主義者。

=目標設定時は達成後に得られるものをポジティブに考え、実際に行動するときは達成に必要なものを現実的に考える。これを『長短比較』という。

 

・知能や能力を示したり、他者よりよい成績を挙げることを重視する=証明型

証明型の目標は自尊心と密接に結びついている。わずかなつまづきで挑戦をやめてしまう。

・技能や能力を高め、よりよい存在になろうとする=習得型

失敗しても、学習の機会と捉え、次の行動へ移りやすくモチベーションを維持する。簡単にあきらめることが少ない。

 

【目標の目指し方の違い】

・得られるものにフォーカスし、リスクを好む=獲得型

・安全と危険にフォーカスし、警戒を好む=防御型

→育てられ方で決まる。報酬と罰の与えられ方の違い。

上手くいったときに褒め、だめなときに何もしない→獲得型

悪いことをしたときに叱責し、普通のときは怒らない→防御型

・自分が正しいと思う方法をやる。

・難しい目標に取り組むには、まず獲得型のアプローチ(達成によるメリットに着目)でスタートし、防御型(えたメリットを失わないことに着目)に切り替える。

 

【目標を設定させるとき】

・内発的動機付けはもっとも強いモチベーションになる。

→自発的に目標を選択させるのが大事。

 

【各シチュエーションへの対処】

・簡単なタスク→証明型、獲得型

・意欲が湧かない→なぜを考える。理由にフォーカスし、大きな絵で考える。

防御型になり、やらなかったときの損失、何を失うかを直視する。

・スピードが必要→獲得型。何を得られるかをイメージする。

・創造性がもとめられる→獲得型。自発的に。制約、罰則、監視、報酬に頭が支配されると、創造性が低下する。

・幸せの3要素は、自律性、関係性、有能感。

 

【壁への対処】

・現状を知ることを避ける、間違った努力を続ける→自己監視を怠らない。自らに対しフィードバックを行う。

 

【シンプルな計画】

・目標を決め、いつ、どこで、どのようにを具体的に策定する。

→もし~なら、~をするという条件型計画をつくり、音読。

→脳内で条件と行動を連結させ、習慣化してしまう。

→習慣化してしまうと、自制心の浪費を防げる。

→例。不安になったとき、緊張したときのルールをつくる。

 

【自制心を伸ばす】

・筋肉と同じ。鍛えたら強くなるし、使いこんだら疲れるもの。

・誘惑に負けそうになったら、意志の強い知り合いや同じ目標に向かう人を思い浮かべる。

・消耗時に自制心をなるべく使わない方法

1 なぜを考える

2 自制心が求められる目標を複数追わない。

3 証明型思考をする。例、短期的な報酬

 

 

<明日からやること>

意欲がないときのなぜ思考

自制心の強化

具体的な目標設定

好きになるということ

 

途中まで書いていたものを消してしまったので、端的に。

 

強くなる、上手くなる、評価される、誰かに勝つ

このいずれかなしに何かを『好きになる』ということはないと思う。

いつになってもボールを蹴れない人がサッカーを好きにはならないですよね、たぶん。

 

そういう意味では、僕の中学時代の部活の顧問の先生はいいことを言っていたと思います。

 

彼の口癖は『楽しみたいなら勝ち続けろ』

 

確かにそうなんですよね。

勝てないことをいくらやってもそれが楽しみに変わることはほとんどない。

その人がどMであれば別だけども。

 

 

今やってることが好きじゃない人は、

日々に『強くなる、上手くなる、評価される、誰かに勝つ』要素がないんでしょう。僕もそうです。

 

ただ、自分から上手くなったり評価されたりするための努力をしなければ、

いつになっても好きになることはない。

好きになるために、少しでいいから努力を重ねたいものです。

大事なのはその努力の要素を毎日どこに入れていくか。

そして、好きになっていく実感を得られるか。

 

つまらないつまらない、、とボヤくだけでルーティン以外何もしない大人にはなりたくないですね。

いけてないですから。

市場価値

『自分の市場価値価値を上げるような働き方を』

本を読んでて思ったのだけれど、
極論すれば、労働者というのは労働市場で売り買いされるモノだ、っていう考え方もできますよね。
築地で売り買いされる魚みたいに。

市場ってのは需要者と供給者をマッチさせる場であり、
需要の大きさがその市場での価値を決めて、市場価値のない供給物が買われることはありません。

これを労働市場に当てはめると、
欲しがられない人材は転職しようと外に出ても、
どこにも雇われませんよ、ということ。

この事態を避けるためにも市場価値を上げるような働き方をしなきゃいけない。

それは専門知識の習得かもしれないし、
営業やらデザインのスキルかもしれない。

いずれにせよ、誰もができるようなことしかできない人は、
どこでも買えるモノのような存在になってしまう。

仕事でやっていることが自分の市場価値を高めることに繋がっているのか?

常に自問自答したい問いのような気がします。

長所

『なんですか?』

って聞かれる度に、ん~~~~~~Let's see....って考えてしまうんですが、

これいいかもってのが一個思いついた。

 

変化に慣れていること、怖がらないこと。

 

【変化への適応力】っていうとなんかかっこつけてるっぽいし、

ダーウィンの引用かよって思われてオリジナリティないから。

 

振り返ると、

内定者時代にやっていたのは、C向けのアウトコール

配属直後は教育関係のクライアントの新規開拓

3か月後くらいに車買取業者への新規開拓

すぐあとに運送業者への新規開拓

2年目からは損保会社への提案営業

 

というふうに、

相手も自分の業務もころころと変えてきています。

(自分からの希望って一切なくて、退職者の穴埋めが多いのだけれど)

 

最初の方は戸惑いはあるものの、

吸収は割と早いほうなので、

どの業務もそれなりにこなしていたかな、と。

その分めっちゃ得意なものはなくて、器用貧乏的な部分もありますが。

 

カイジの本を読んでいて、

 

これからの時代、変化に慣れておくことは無駄じゃない。

常に変化を経験している人は、これからの変化にもストレスなく対応できます。

どんな社会でも自分生きていけると思うようになるのです。

 

という記述を目にしたので、書いてみました。

 

専門的な技能とかスキルはまだまだですが、

長く働き続けるための素養であるストレス耐性はこの2年でついたかもしれません。

しがみつくという選択肢を最初から排せたのもよかったかも。

 

『迷ったら変化を取れ』